2015年11月4日水曜日

収穫タイミングとなりました。



太陽熱処理した圃場は、劇的な変化がありました。それは『土が固く締まらない』ってこと。

従って草が多少生えても簡単に抜ける。ニンジンも然り。

ニンジンが手作業でスポッと抜ける、というのは作業効率上とっても大きなポイントなのです。
次のシーズンもちゃんとやんなきゃな~と思います。


草取り作業は圧倒的に楽だったし、使えるなぁって感じです。

畝立てして播種するのは変わりないけど、もうひとつ新たな取り組みを試しました。それは、畝の使い廻し。

トラクターを使わないニンジン栽培です。

堆肥は表面に置くだけ。通路にも堆肥を撒いて、管理機で通路を耕し土あげする。つまり、崩れた畝を修正して種をまく。

この方法は根菜には向かないと言うのが一般的と思うけどやってみれば意外な結果になることもあるようだ。

徐々に表層から分解していけば、全面耕運より省力的に短期に団粒構造に近づけることができる。
いずれは無肥料無農薬にしたいんだけど遠いな~と思っていて今回、試しに半不耕起でやってみた訳だけど、結構うまくいったと思う。

一筋の光明。
試行錯誤しながらドンドン新しいことにチャレンジして行きます。

他人と同じことやっても後追いにしかならないもんね。

2015年8月5日水曜日

2015夏播きにんじんの準備



溶けそうです。毎日毎日・・おそらく何ミリか溶けて縮んじゃったんじゃないかと思っています。

ついに体が・・ちょっと休んでね!って感じになりました。

水はね、3リットルくらいは飲んでますけど、蓄積するんだよね疲れが。なんせトシだから。

写真の左上、白い部分がある区画があるでしょ? あそこ約10aなんだけど半分はビニールをかけた状態で中断して新たに借り物機械で畝立て作業・・の写真。

ワタシのトラクターが致命的な壊れ方をしたんで、仕方なく歩行型の耕運機で耕して、一輪管理機で畝上げというか、溝切りをして高さ約30センチの畝を20本くらい作って、さらに有機ではスタンダードになってきた太陽熱養生処理ってのを重いビニールの裾をヨイコラセッと引張ってやってるわけです。

トラクター本体+ロータリー+畝立て成形機+マルチャーという一発仕上げの素敵アイテムがあれば
くそ暑い中、かつて部活でも味わったことの無いような・・ハァハァハァと激しい息切れしながら
ヘロヘロになんなくてもいいのに・・・とぶつくさ言いながらやってます。

ラッキーなことに一滴も雨が降らないので我がカッチカチの畑もよく砕けます。

知ってか知らずか見るに見かねて、うちの機械使えば?と貸してくださった有難い仲間のおかげで
何とか更に10a。 やっぱ機械だねぇ、きれいだわ仕上がりが。やる気になるってもんだね。

今回は20aの作付。今は10a全部ビニール掛けを終了して残りはすぐに播種。10aくらい草取り頑張るわ、と覚悟して水やりしてます。
あとはお盆にビニールを剥いで播種。

団粒構造にしなきゃ。

ロータリーの爪は驚異的に摩耗するし、水撒けば固まる。根張りは悪く収量も上がらない。

生活に余裕があれば土づくりだけに専念したいくらい。

太陽熱養生処理も団粒構造のための一環ではあるけど、結局は耕さなきゃなんないんだよね。

不耕起で団粒構造になってニンジンの畝を利用して輪作体系がとれれば、かなりの省力農業になる。
耕しすぎが土のために良くないのはわかっているけど見た目がこんなにきれいになれば草だらけよりモチベーションも高くなる。

まだまだ勉強不足だ。

それにしても暑い、暑すぎる。 今は水やりでスプリンクラーのホースをベトベトの通路を引張り回す日々になってる。

播種が終わった途端に   雨よふれ~ ふってくれ~

都合がいいように感情は叫ぶのだ。 たすけてくれ~~

クソクソ 雲くらい湧けっての! 空に文句いいつつ  何かいいことねぇ~かよ~


家に帰れば・・・

やったー  浜田省吾ライブペアチケット 当選メールが! キター!

冬まで楽しみができた! 息子と一緒に 「しょーごー!!」って叫んで多分・・オイラは泣きっ放しのサイコーの一時を過ごせるのだ。 



ニンジンしっかり収量上げて満足の一年にしたいな。ガンバルゾー。



2015年6月2日火曜日

春まきニンジン始まりました




まだまだ小さいです。 本葉8~10枚くらいで100g平均くらい。
Lサイズ中心にならないと儲けには繋がりにくいです。

6月だから梅雨で腐っちゃう可能性もあるし・・。
水はけと通気性、つまりは土の物理性を改善しないと苦労が絶えないわけで。

粘土で有機質に乏しく、固い固い土。とても残念な状況です。

荒治療しちゃおうかな。

とりあえず出荷開始です。


もう一つ 椎茸場。

駒打ちして仮伏せしてた ほだ木 を本伏せ作業。



古くてボロボロになった お役御免の木 は


こうして にんじん畑へ

循環してゆくわけです。

去年より今年。 昨日より明日。 一歩一歩進歩しなきゃね。

それにしても・・牛歩だ。 畑が良くなるよりワタシの人生が早く終わっちまうかも (爆)




2015年5月4日月曜日

有機栽培から未来へ


野菜とは

生食または調理して、主に副食用とする草木作物の総称。

野・・とは

1-のはら 2-人の手が加わっていないこと。自然のまま。3-官途につかないこと。民間4-ありのまま、洗練されていないこと5-範囲6-なじみ従わないこと。

菜・・とは

食用の草。酒や飯の副食物。

(広辞苑より)

 

のはらにある、人の手が加わっていない、自然のままの食用の草。

 

一文字ずつ調べてみると、なんと野菜とは。

 

あらら、ではワタシが畑で育てている野菜はいったい何なのだろうか。

毎日畑で収穫するための作業は何なのだろうか。

 

何より自分のために、そして家族に、未来を担う子供たちに・・・そう思って野菜を育てている。

自然は文字通り、自ら然り・・「あるがまま」の意。

山の中で身近に「自然」を感じながら仕事をしていると、これって必要なのかな?無駄なことしてる?と自問してしまうことが度々ある。

 

サラリーマンから農家になって何より変わったのは生活習慣だった。朝は目覚まし無しでも夜明けとともに目覚めるし、風邪もひかず、ご飯はいつもおいしい。貧乏だけどストレスは無い生活。そうなると以前と比べて他人に対しても寛容になったかな?と感じるし、我慢強く、起きたことがらをそのまま受け入れられるようになってきていると感じる。

 

野菜も同じかな? ふとそう思った。

 

ストレスなく畑で大きくなってもらうにはどうしたらいいのかな?

おいしさって何を基準にするのかな?

 

栄養素? データ? 肥料? 農法? たぶんどれもしっくりこない気がする。

 

畑に肥料なり、堆肥なり入れるでしょ? 野菜が大きくなるってことは、その肥料を野菜が吸収する。だから次作はまた少なくなった分を畑に補充する。

 

では山は? 山の木はなぜ肥料なしでも大きくなるのだろう

 

有機農法では化成肥料や一般農薬は法律で使用できないことになっている。

だから天然由来の肥料を使って野菜を育てるけど、施肥の基準は野菜によって窒素が、リン酸が、カリが、それぞれいくら位必要か、という栽培基準なる指標を参考に化成肥料ではない資材で補おうとするものであって、その意味では、より直接的に必要栄養素を与えられる慣行農法と資材の違いはあれど、考え方に何ら違いはないように感じる。

減った分は補充する、という考え方ね。

 

10aあたりN(窒素)が例えば20kg必要だとしたら、化成肥料であれば簡単。単肥を20kg撒けばいい。牛糞堆肥ならおよそ10kgの中に窒素が何パーセント含まれているかを
主な基準に必要量を畑に撒くわけだけど、それを自然か?と考えるとどうもおかしい。

 

そもそも同じものが整然と並ぶこと自体が不自然だけど、自然界にも群生地というものもある。そこには毎年同じものがほぼ同じ範囲に無農薬無肥料でちゃんと育つわけだ。

何も施さないのに。人間の手を加えずとも。

 

一方、畑は矛盾だらけだ。一定の面積に例えば牛糞が毎年1トンも2トンも必要なこと自体おかしい。野菜が吸収するからだけど、化成肥料にしても人間が作り出した栄養素を人間が作り出すことのできない植物の種が毎回補充してやらねばまともに育たないということがワタシにはどうも納得がいかなかった。

 

本来必要なのは 空気 水 太陽 土 だけだ。

土は長い年月をかけてそこで育ち、そこで命が尽きて・・幾度もそれを繰り返してできた生き物の住処だ。命を糧としてそこで暮らしてきたものたちの遺物財産。そして、そこで暮らす今現在の生き物たちの住処でもある。私たちも含めて。

 

そうであれば、そこに無いものをわざわざ他から持ってきてそこに入れる必要はないはず。

 

山と畑は違う。山の中で野菜は無農薬無肥料でまともに育つとは考えにくい。

山の木はそこにあるものだけで育つ力を持っているからちゃんと育つ。

そこにあるものだけで育つ理由は、次世代のために自らが土に還ることができるからだ。

土は生き物。いろんな生き物の住処。

であるなら、野菜が育つに必要な住処を維持してやれば畑で野菜は無肥料無農薬で育つのではないか。自ら生きるために、それぞれが生きることで役割を果たし、循環することで命のリレーが繋がれていく。

その場所で生きられる仲間が揃うこと。ワタシはその一員となり、その環境を維持すること。

 

不自然なものは早く土に還そうとしてくれる。その役割を担うことで生きることができる。違うものがそれぞれお互いを否定せず、調和とバランスを保ち、命をつなぐ。

 

バランスを欠けば・・きっと病気になる。 生きる力を持った野菜は与えられずとも必要な養分は自ら作り出し、自分らしい味を醸し出す。

 

会社の中の息苦しさを思い出す。

誰が悪い、これのせいで失敗したからこれを改めよう。これは不必要だから排除しよう。

もっと短時間に高収益を上げよう。無理だけどやろう。

そうして取捨選択しながら成長してきたわけだけど、企業にも寿命があるようにいつかは破綻する。

 

ワタシは誰かが負担を強いられれば、そのシステムは長続きしない、と常に思っている。

やはり、農家は命をつなぐ役割を担える存在であることが望ましいと思う。

足りないものを補充するという考えは「土」を生き物ととらえられていない感じがするけど、どうだろう。

 

植物には栄養素が必要だろう。窒素もリン酸もカリもミネラルも。

だけどそれは、その生きているその場所全体で作り出すことがきっとできる、と思う。

 

山は山で、畑は畑で。

 

自ら生きる力を自ら作り出し、生きる力を持ったその野菜を食べて、

みんな違ってるけどみんな必要で、生きていられるのはみんなのお蔭で、自分か生きることで誰かのためになっている。そう感じてもらえる野菜を世に送り出す。

多分、そんな農家になりたいんだと思う。

 

食べ物こそが生きること。食べ物が人の間で生きるバランスのとれた「人間」も作るのだろうと思う。

2015年4月1日水曜日

シイタケ原木栽培

ニンジンの草取りに追われる毎日です。
桜の咲くころを迎えましたが、ワタシの圃場周りは今、梅が満開で・・。
桜はもう少しかな。

山は鶯が上手に鳴くことができるようになって、今までの静けさとは違って賑やかさが出てきました。
三寒四温ですぐに春本番を迎え、あっという間に山は新緑になり、初夏になる。

一年ってホントに早いな。

今年からメインのニンジン栽培に加えて原木シイタケ栽培を始めることにしました。

野菜作りと両立できるかな?という懸念も若干あるにはあるものの、可能な限り人間の体にも圃場周りの環境にも良いと思われる循環型の農業を目指す!という個人的な目標に向けての一歩になります。

シイタケ原木も寿命があって菌がまわって木がボロボロになったら、畑に入れてキノコ菌に活躍してもらおうと思っているのです。

また折に触れて書いていこうと思いますが。
安心安全というキーワードで有機野菜を選択される一般消費者の方々や健康志向の高い消費者の方々も、これって本当に安全なのか?と一抹の不安を抱えつつも表示だけを安心材料にして、値段ほど味の違いもわからず、ただ根拠はないけど何となく少し高く買った野菜を安心して食してる・・なんてことはないでしょうか。

農家もイロイロですよ・・なんて書きましたが

有機野菜だから安全とは言えません。

一般論として堆肥をガンガン畑にぶっ込んでメタボ無農薬栽培の野菜を世に堂々と送り出してる農家さんもいらっしゃるわけで。

そうかと思えば、自然栽培なら安心と、草をかき分けかき分け野菜を見つけ出して虫食いあっても安全な証拠とか言って売ってらっしゃる農家さんも・・まだいるのかな。

生産者も知らぬが仏とかの言葉通り、信じていたことが勘違いだった・・ということもあって。

何のためにイチイチ面倒くさい有機栽培を行うのか。何故に値段高くて店頭に並ぶ量の少ない野菜をわざわざ買う人がいるのか。

そこんとこをよーく考えると、我々有機栽培を営む農家はやはり「安全性」という概念にはそれなりの拘りを持つべきものなんだと思う。

自然界がどんなシステムを持っているか、ある程度知っておく必要があるし、人間もその一部であって、できるだけ暮らしやすいように、そして未来の人々が少なくとも今より辛い環境で生涯を送ることの無いように、大地や海を生活の糧としている者にとっては大切な責任がある。

責任なんて重い言葉を使ってしまいましたが、放射能やら残留農薬、硝酸態窒素が過剰蓄積した肥毒野菜などの問題、あるいは原因不明の病気を抱えてしまったり、重い食物アレルギーを持っていらっしゃる方々にとって繊細な問題に直結しているわけで。

それと原木シイタケに何の関係があるのさ?てことだけど
ワタシの環境でワタシにできるエコで低コスト。環境に悪影響を与えない合理的な農法を追及する一歩なのだ!と今の知識レベルでとりあえず信じてみようか、と。

トライ&エラー。例えエラーでも悪いことにはならないように注意しながらやってみるのだ。

 
 

来年の秋には食えるかな。

けっこう頑張ったんだよね。 まっとりあえず今年はこれだけ。

2015年1月11日日曜日

2015年スタート

1月4日仕事始めで2015年がスタートです。
のっけから何だけど、今年は売上額を増やす!!てのが目標です。
去年からいろいろと準備を始めているもののなかなかうまくいかず、実にならないのが残念なところ。

資材も足らず、技術も足らず、気象の読みも足らず、何よりも・・資金も足らず。

まっ年明け早々 愚痴を言っても仕方ないので
どんどん進めていくことにする。

資材不足は工夫で補う。技術は予習と復習でその習得の早道を探る。気象の読みは年の功に頼る・・かな? 資金不足は・・仕方ないよね。知恵と工夫で乗り切るしかなさそうだ。

年始早々は資材不足から。

「ほうれん草」も「にんじん」も今は生育途中で、寒い中だからトンネルで保温が必要。
ビニールは何とか買ったものの支柱が足りない。杭も足りない。



 
こんな日もあるし でもトンネルの中だと
 


これくらいにはできるから

今日はその支柱を自作してみようか・・と。

で、
 
 
 
 

こんな風に分解して

竹は支柱に、笹は砕いて畑の肥やしに。 ね? 永続的循環農法の一環。 エコでしょ?

こんなことやってていいのか? 暇人の趣味道楽か? て自問自答して。
でも、金がねぇーわけだからさ? ねーものはさ、そこにあるもんで作ればえぇじゃねぇのかい? 

山がある。山里の仕事をすればいい。

山に入って腐葉土を持ち帰って種をまく。
米ぬかとか藁をもらって発酵させて温床作って育苗する。
発酵が済んだら肥料に使う。
寒かったら柴刈りして薪を作って暖をとる。


こんな風にね。

楽しいの。とにかく楽しい。

こんな暮らしがしっかり土地に根差した暮らしが

ちゃんと成立ちますように。

今年がその記念すべき元年となりますように。

初詣に行ってお願いしちゃおうかな今年も。

どうか良い年になりますように・・これは皆さんに。


 
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